7月に枯朽さんの間借りに伺った時の感想です。
壁に向かっている席だったんだけど、手元を照らす照明がなくて写真が暗いので、きれいな写真は公式と他の人の投稿をご覧ください。(https://twitter.com/kokyu_hb)
コースとノンアルコールドリンクのペアリングコースです。
最初に出てくる、凍らせた西瓜、西瓜の果汁、スパークリングのぶどうジュース(ポール・ジロー)、唐辛子の冷たい飲み物。
スパークリングの酸味と、西瓜の青っぽいあまみが口のなかで気持ちよく、飲み下すときに一瞬ヒリっとした辛みが喉を通っていく。この、呑み下すときだけ辛みがするのがおもしろくて、ともすれば西瓜やぶどうの甘味って喉を通るときにややねっとりと感じられるところがあると思うんだけど、そこが掬われているので、素直に喉を通っていく。すごい。カップの中はドライトマトとかドライパプリカみたいなゆたかな香りがする。こんなん大人のアクエリアスよ、コンビニのスポーツドリンクコーナーにあってくれたら買い占める。
ベースが同じで、それぞれ塩味、香り、辛みで味を締めた小さなタルト。天才。タルトは、じゃがいもで作られたごく薄いカップに、たまごサラダ、発酵バター、ラルド、タマリンドのジャム、フランベした枇杷、浅煎りコーヒーの粉末が共通。まず塩味のものにはオリーブが載っていて、ほの青いナッツ香とくっきりした塩気によって枇杷の甘さが引き立つ。香りはエストラゴンの葉、上方向へとのびやかに香り、でも遠くへ行きすぎないで、ラルドや発酵バターの脂の甘さが心地よく現れてくる。辛みは、先の西瓜の飲み物にも共通する優しい辛み(辛いと感じる時の刺激部分だけをそっと集めたみたいな)のシートが載っていて、なぜだかタルトの全ての食材の輪郭が急に立ってくる。
このタルトについてはほんとうに…まず、食感の設計がすごくて、じゃがいものタルト部分は口に入れたくらいでは割れないけど歯が当たるとざっくりほぐれるちょうどいい硬さと薄さ、で、舌の上にたいらにその香ばしい味(ポテトチップスの端のややこげてるとこみたいな香ばしさ)が触れるので、次に来る味への感度が一気に上がる。そこへ柔らかいものがすべて溢れてきて、どんどん味がする。どんどん味がするってバカみたいだけど、全部の味がするのよ。あれとこれが混ざった味じゃなくて、(たまご!バター!あっ、枇杷…タマリンド!オリーブだ、しょっぱい!ラルド噛み締めるとあまいな〜それが全部と合うな〜〜あっこれはコーヒーさんじゃないですか、うわ〜苦味と酸味のちょうどいいとこ…芋〜〜!おまえの味は最高!…)みたいな感じでめくるめく味がする。それでね、全部が同時に喉の奥に消える。
ペアリングは、トマトだしと昆布水とカモミールの合わせたのに穏やかな酸味が並走するきれいな飲み物。もうこれはスープと言ってもいいと思うんだけど。飲み口にマルドンの塩がついているので、たまに舐めながら飲む。トマト出汁が枇杷とあっているのかな、タルトの豊潤でうろたえている口の中をするすると通っていく。あわせるタルトごとに少しずつ主張する素材が変わるのもわくわくしたな。
鮎のスープ。これもたいへんな…たいへんな食べ物ですよ…。玉露のうまみを昆布だしに見立て、鰹出汁を合わせた吸い地に、生のローリエ、パセリとピーマンの青いオイルが浮かんでいる。枝に刺さっているのが鮎なんだけど、シェフのツイッターによると「3枚に捌き、身、内臓、骨に分け食べやすいように組み直して提供してます。身の1番厚い部分は軽く塩を打ち脱水してから粉を振り、残りの身と内臓のつみれと共にふっくら焼き上げてます。骨は霜降りし優しく煮出した液体を薄いシート状に加工。(https://twitter.com/some_iyu/status/1412732913515257857)」とのことで、手数が大変なことになっている。上に乗っているシートには豆豉がまぶしつけられている。実のもうひとつは、きゅうりとフェタチーズを包んだマントウ。
は〜〜どう表現したらいいのか…まず澄んだ汁、先のドリンクに昆布出しが入っていたので、この汁に存在する似た旨味がしかし脱臭された旨味であることがわかります。ねえ、生ローリエは旨味を補強するの、知っていましたか、わたしは初めて実感しました。ポトフなんかにいれたときに出るあの力強い香り、あれをみずみずしく優しくしたやつです。温かくてやわらかくてつるんとしたマントウは、すごく軽やか。フェタの酸味とやわらかさと、きゅうり(優しく熱の入ったきゅうり!)のほんのひとさじ残った青みが引き立てあって、ちょっとしたサラダです。汁と一緒に口に入れると、きゅうりがスープの新しい形態として振る舞う感じがしてすごかった。しゃくしゃくのおだし。鮎についてはもう…絶句したんですが…ほろ苦くてふわふわでなめらかで…こんなになっちゃって…。さらにすごいなと思ったのが、この鮎、やわらかでほぐれてくるので、一口目はスープと実の関係だったのが、二口目にはポタージュを口に運んでいるような印象になる。
そして、ペアリングはドリンクではなくて、きゅうりと青唐辛子と酢橘のグラニテ。一旦、汁を口にしていない状態で味を見たらきゅうりの酢の物を連想するんだけど、汁の途中で食べたらもう完全に貴船の木漏れ日なんですよね、苦さの柔らかい鮎のために蓼酢を仕立てるとこうなるのか。なんかあの、貴船の山のうえ、照りつける太陽を遮る旺盛な夏の緑、光をまき散らしながら流れる川、ほの湿った清涼感……みたいな感じです。伝わるかこれ。きゅうりよりもむしろ青唐辛子が引き立って、(h.b.さんの辛みの扱いが格好良すぎる)、平たくいうと柚子胡椒みたいな香りの爽やかなグラニテなんですが、苦味を取り去るというより視界をひらけさせてくれる味でした。すごい。
笹に包まれた、魴鮄(ほうぼう)のすり身のふわふわ。中に、きのこのデュクセルと、たしかピーナッツバターだったかな…が包まれている。横に添えてあるのが、オランデーズソースと、五香粉のクランブル。ほんとうはふわふわの中にねりごまも入っていたそうなのだけど、残念ながらわたしがアレルギーもちなので抜いて作ってくださった。
オランデーズソース、しっとりなめらかで、なぜかエシャロットみたいな香りがふんわり漂ってて、なんでですかね、シェフに聞けばよかった。気のせいだったらどうしよ。クランブルはあまじょっぱ香り高い、与えられたら与えられただけ延々と食べられるやつです。ふわふわはほの温かくて、ほんのり笹の甘い香りがして、人生でいちばんおいしいはんぺん。中のきのこが適度にざらりとしていて、ふわ、しゅわ、ざら、がとても楽しい。
そのまま全部いきそうなところを踏みとどまり、ソースとクランブルをつけて口に入れると、ねえさっきまではんぺんだったのに、完全においしいグラタンの味がするじゃん!?ってなる。口の中で味の要素と食感の要素が並べ替えられて、表面カリカリ中トロトロのグラタンの像を結ぶ。
ペアリングドリンクは、ノンアルコールジントニックという感じ。(ちょっとうろ覚えで申し訳ないんだけど、)メース(ナツメグが種で、その種を覆う皮がメース)を砕いてコーヒーみたいに抽出した液に、ネズの実を加えた飲み物+杉の木+ローズマリー。全体的にまるい味の料理がしゃんとする。あとこの木とローズマリーが鼻先まで迫ってくる恍惚ね…同行者とこの香りのルームスプレーが欲しいと言い合った。あと普段のh.b.さんのツイートを見ているせいで、この薄い木片もまさかご自分で…と勘繰ってしまう。
たいへんだ、鴨がすごくたいへんなことになっている。手前がソース。ケーキ状のものが、じゃがいもをふかして潰して成形したもののうえに、ソテーした桃と馬告、ディル、ミニハーブ(クレソン、セルフィーユ…?)。下に張っている液体が、浅利と鶏の出汁にすこししょっつるを足したもので、浮かんでいるのはクコの実の戻し汁(!)。右手前のペーストは、クコの実とマスタード(!!)。鴨はローストしてから牧草でいぶされてでてくる(!!!)。ソースの皿に鴨を移して食べます。
鴨は、塩がしっかりしていて、そこへ煙を浴びてるからすこしギュッとなってるのかな、力強い味がする。肉と魚介を合わせたソースは絶対に間違いがないんだけど、ほんとうに間違いがない。すごくうまい。脳が考えるのをやめそうになるくらいうまい。そこへこの…じゃがいもと桃とハーブですよ…楽園にいる鴨です、桃がね、ソテーされているから甘味の種類が芋と寄り添う形に変わっていて、鴨の上で完璧なソースになります。フレンチの付け合わせのポテトのピュレがもっとみずみずしく、もっとジューシーになってるわけで、それがこんなにもおいしい。クレソンとかマーガオは桃のピチピチ(桃だけに…)した部分を引っ張ってきてキュンとするんだけど、わたしとしてはセルフィーユ(いたはず)のあの粉っぽい甘さがすごく好きだったなあ…。あとクコの実とマスタードのペーストはも〜〜こんなんずるいわ、これだけで蒸したジャガイモ永遠に食べられるんじゃないの…桃とは違う方向の甘さで、味の幅が下方向に増える感じだった。
ペアリングドリンクはラプサンスーチョン。中国茶の紅茶です、このけむくてひなびた味の豊かさよ〜〜涙 肉に牧草の煙の香りがついているので、料理全体と優しく手を繋ぐかんじ。中国茶によくあるスパッと味や油を切る振る舞いではなくて、むしろ余韻を綺麗に引きのばしてくれる…。牧草はルフルーヴのチョコレート以来の再会、すごくいい匂いだな〜。直射日光の当たる場所の、ちょっと焼けちゃった畳の匂いがして、冬の日の昼寝を思い出す。食べ終わりたくなかったなあ。
デザート。上に載っているのがパッションフルーツとティンブール(ネパール山椒)、ひらひらしたのが黒ビールのクレープ。中に、チーズケーキ、パイナップル餡と緑豆のあわさったの、メティ(フェヌグリーク)の香ばしくしたの、小さく切った冷凍のパイナップルが入ってて、すごく賑やか。チーズケーキがすごく懐かしいタイプのレアチーズケーキ(食感がほくほくしている)なのが、この賑やかな味と香りたちを受け止めててすごい。あとね、パイナップルが冷凍なのも、冷凍でなくちゃだめだった。山椒がすごく強くて、なんていうか味の遠心力みたいなのがものすごいんだけど、その遠さまでの間に各要素が散らばっていてね…うまく表現できない、おなじ星群って感じ…よけいわからないけど…。
ドリンクはコーヒーのモヒートとおっしゃっていた、コーヒーとミントとライム、あとアマレットを炭酸で割っていて、エスプレッソトニックをまろやかにしたような味を想像してもらうと近いかもしれない。
以上でだいたい2時間ちょっと、めろめろになりました…こんなに緻密でものすごい精度のコースなのに、なんだろう、ぜんぜん怖さみたいなものがなくて、お人柄なんだろうな、おおらかで優しい空気で、楽しい嬉しいがずっと続くコースで、幸福だった。もう一度最初からたべたいよ。季節が変わったらまたすぐに行きたい。