日記、2021年3月23日、火曜日

「お出かけ日和」と形容しなかったらうそになるような良い天気の日。散々仕事している間「こんなにいい天気の日は出かけたいのに」と言っていたけど、いざ有給休暇となってみるとこんなにいい天気の日に家でだらだらする怠惰を選びたくなってしまう。でも雨の日のほうが圧倒的に出かけるやる気が起きないのだから、とにかく出発する。こういうことができるようになってほんとうに大人になったと思う。

電車を乗り継ぎ、上野の森美術館で今月末までのVOCA展(https://www.ueno-mori.org/exhibitions/voca/2021/)を見る。大きな絵がたくさんあっていいな。わたしは全く批評の目を持っておらず、ただ大きな絵を見てはあーとかうーとか思っているだけなんだけど、それで楽しい。たくさんの絵の具があることが楽しい。線のおびただしさが楽しい。だれかがなにか大きな感情をぶつけたものであったり、あるいは淡々とした考えを織り上げたものだったりするものを見るのが楽しい。毎日過ごしている家とこころの中にはない色を見るのが楽しい。

見終わって外に出ると、桜がたくさん咲いている。桜をたくさんと数えるのが正しいのかわからないけど。桜がたくさん咲いている光景を見るたび、桜が不在の時間のほうがよほど長くて、つまりこの公園には桜の季節が終わったらほとんど花がないというのに毎度思い至る。それがなんかかっこいいなと思う。私だったらたぶん、桜のない季節にもなにか咲いているようにするだろう。それがなくていいなと思う。お腹が空いたので、食べたいものをひとしきり考えて、ヴェジハーブサーガ(GoogleMaps)というお店に南インドのカレーを食べに行くことにする(最近は出かけるたびに南インドのミールスかネパールのダルバートを食べている、先週新宿にいったときはダルバートを食べた)。御徒町なので本当は歩いていけばいいのだけど、靴下がどんどん爪先に寄っていく最悪のタイプだったので、おとなしく山手線に乗る。御徒町で降りると、アジアの匂いがする。アジアで空港に降り立った時と同じ匂いがして、嗅覚が勝手に大きな移動を感じ取って気持ちが動揺する。でもエスカレーターを降りきったらその匂いは消えた。御徒町駅から東に出たのは初めてだ。宝石屋さんが多い。目当ての食堂は完全菜食を謳っているカレー屋で、南インドではあまり珍しくもないことだそうだけど、店としてそうなカレー屋さんははじめてみた。その地域にルーツを持つ人が半分、それ以外の人間が半分という感じ。店員さんはおそらくインドの人。大きなメニューを渡してもらうけど、それとは全然関係なく昼はおまかせセット一択で、1500円。ライスかナンかを選べる。

ライスにした

オクラのポリヤルは、食感のゆるさと味の角がしっかり立っているのが両立していておいしい。ダールは豆の粒が大きくて味はしんみり系。サラダはサラダ。カレーが、たぶんパニール(きゅっと締まったチーズ)がおおぶりでゴロゴロ入っていて、それがまったりなのにちゃんと辛いカレーとよくあっておいしい。ライスが大盛りなので途中でダールがなくなり、頼んだらおかわりをくれた。セットにはチャイかラッシーがついてくるので、チャイをもらう。

ふたたび山手線にのり、上野にもどる。人が多い。座りこんでの花見が禁止されているので、ひとびとが上を見上げたままゆるゆると動いていく。桜のたくさん並んでいるときに同時に出会うあの酒や焼き鳥や人の汗のにおいがしない。清潔な桜はすこしこわい。あの地べたの宴会は、桜のこわさを有耶無耶にするためのものだったのかもと思う。

桜やスターバックスコーヒーや自転車を通り抜けて、都美術館で吉田博展をみる。圧倒的に絵がうまい。木版画の展示なので、ほぼ吉田博の画家としての表現が確立されたあとの作品群で、とにかくため息しかでないほどうまいのばっかりたくさん見る。美術展は腰が痛くなるのだが立ち方が悪いのだろうか。絵がうまい。色がうまい。線がうまい。人間はすこしおぼつかなくてかわいい。VOCA展でも山の絵があったが、山に登る楽しさを知らないので、きっと山に登る人はその大きな感情とともにこの絵を見ることができるのだろうなとたびたび思う。見終わって、満足して、まっすぐ帰ることにする。吉田博の描いたのとおなじ桜があって、上野駅のむこうにスカイツリーが見えるのを、並んで写真に撮っている高校生たちがいて、靴を磨いている人がいて、タクシーのいないことにうろたえている老夫婦がいる、新しくなったロータリーを抜ける。ドーナッツを買って、帰宅するころには空が暗くなっていた。

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